中国武術史 ―先史時代から十九世紀中期まで―

1. 概要

 本書は先史時代における中華民族の社会生活と武器・武術との関係から出発し、1840年に起こったアヘン戦争までの発展と推移について各時代の社会背景と関連させつつ全体的、総合的研究を行ったものである。
 全部で十一章からなり、第一章から第十章では先史・夏商西周・春秋戦国・秦漢・魏晋南北朝・隋唐・宋代(遼・金・西夏を含む)・元代・明代・清代前期(アヘン戦争以前)の各時代ごとに武術の置かれた状況について論述している。第十一章では「中国武術と日本武道の比較」をテーマに日中両国の武術の主な相異点について考察されている。また、巻末には「挿絵目録」「武術史年表」「参考文献」「索引」が付されている。

2. 内容

 中国武術は中国古来の伝統を踏まえた武技であり、アジアにおける重要な文化遺産の一つであるが、その多様で複雑な全体像の把握は極めて困難であり、過去の著述の多くは概論の域を出ないか、特定門派の紹介と宣揚に過ぎなかった。本書最大の特徴は中国武術史を俯瞰することによって中国武術の全貌を明らかにしようとするところにある。
 中国武術の研究において中国の伝統的な「重文卑武」思想は非常に大きな障害であり、膨大な歴史資料が存在するにも関わらず、武術関連の記載は極めて少なく、疎らに散在している。本書では史書はもちろん出土文物・壁画・彫刻・画像石・画像磚など各種文化遺産に見られる武術関連の記録を多数収集しており、資料的価値が非常に高い。
 中国武術には軍隊武術と民間武術の二大体系があり、本書では各時代ごとに両者の発展・変化を扱うと同時に、徒手武術・武器術・武術家・武術著作・武術制度・武術競技・武術訓練・武術教育・民族武術・国際武術交流などに焦点を当てて論述している。
 また、中国武術の発展と変化は各時代の経済・軍事・文化・教育など社会的背景と密接に関係しているうえ、各地の地理的な環境・風俗習慣・宗教信仰とも不可分であり、さらには他民族との対立・交流・融合からもまた大きな影響を受けている。本書では中国武術を中国文化の一部として捉え、各時代の社会的背景との関連の中で論じている。


林 伯原 (Lin Boyuan)

著者は北京体育大学出身で、現在は国際武道大学の教授、早稲田大学の大学院及び学部の兼任講師でもある林伯原博士。博士は張文廣、馬賢達、田秀臣、周元龍、区漢栄らの著名武術家・気功家に師事した経験から、本書では単に中国武術の歴史を俯瞰するのみならず、独自の視点から各時代における武術の特徴及び歴史上の位置づけを解釈し、専門的な内容をわかりやすく紹介している。